アナタの幸せに 2話

 

「もぉ、なんなんだよこれ…」
「何って、チョコのケーキでしょ〜?」
「!」
心で呟いたつもりがうっかり声に出ていたらしい。
向かいに座る杜若からぷいと顔を逸らした艶司は、握り締めたフォークの先にあるガトーショコラを口に入れた。

『は〜いここが俺のおうちで〜す』

そう言って案内された先には大きな門、整えられた石畳に広い庭、そしてその先には大きな大きな屋敷。
杜若と言えば老人の仮面をはじめとした所謂『ネタ装備』を集めているイメージだが、
その戦闘力に見合うだけの高額装備も所持している事を艶司は知っている。
が、あくまで立場的には同じ冒険者だ。
『おうち』とか言った所で安宿あたりがせいぜいだろう、着いたらここぞとばかりに馬鹿にしてやる。
そう思っていたのに迎えられたのはこの豪邸である。
おまけに通された部屋のテーブルにはケーキにクッキー、マカロンとそれこそ食べきれないほどの種類の菓子類が並べられていた。
口に運べばどれもこれも美味しい上そのお菓子によく合う香り高い紅茶まで振舞われればもう非のつけようもない。
ある意味腹いせともいわんばかりにそれらを食べ続け今に至った。
「お茶のおかわりはいかがですか?」
「いただきます」
即答した艶司に控えていた執事が手馴れた様子で艶司のカップに紅茶を注いでいく。
「ありがとう」
屋敷に入った時からなにかと世話を焼いてくれるこの執事。
かなり高齢のようだがそれを感じさせない物腰と、なにより優しい雰囲気が黒松に
似ていたせいもあり礼をいう艶司の口元から自然と笑顔が零れた。
「随分愛想いいね〜黒松さんにも相変わらずべーったりらしいし、もしかして艶司っておじいちゃん系好き?」
出された菓子類には一切手をつけず、コーヒーだけを口にしていた杜若の言葉にべぇ、と舌を出して見せる。
「そうだね、お前なんかよりずーっとずーっと大好きだよ!」
「え〜やめときなよ主に耐久力の問題でさ。艶司満足できないよ」
「ちょっと…何の話してるのさ」
「あははは〜えっちな方の話?艶司欲求激しそうだもんね〜」

『あぁそうだよついでに今普通に欲求不満だよそれがなにさ何が悪いのさ!!』

危うくそんな事を口走ってしまいそうになったのを艶司は辛うじて押さえ込んだ。
「五月蝿い馬鹿ッ!!…っていうか!僕は全然信じてないからね!」
「ん〜何が?」
「ここがお前の家とか、信じてないから!!どーせ実は知り合いの家でしたとかそういうオチなんでしょ?」
「残念だけど本当なんだな〜まぁ、あんまり戻る事ないけど」
「…………?」
後半のやけに淡々とした杜若の言葉に覚えたのは『違和感』。

(こいつの言動に嘘は感じない。すごいすっごい腹立つけどこいつの家っていうのはきっと間違いないんだろう。
 執事のヒトのこいつに対する態度がこなれた感じで全然よそよそしくなかったし。じゃあなんで―――――)

執事に出迎えられこの部屋へ案内されるまでにそれこそ大勢の使用人らしき者とすれ違った。
徹底して教育されているのか所謂『冒険者』に位置づけされる艶司に対しても恭しい態度で接してくる。

『周囲をよく観察しなさい、そうする事で自ずと見えてくるものがある』

そう黒松に助言され今でも無意識にそれを行うようになったせいもあり、
メイドらの取り繕った笑顔からこちらに対し好意的でない事はすぐに分かった。
艶司に―――――――そして何より杜若に。
(今ここにいる執事のヒト以外の人間全部がそうだった、僕に対してっていうならまだ分かるけど
 コイツにまでだもんな。ここの屋敷にほとんど戻ってないから?うぅんそれよりも別の何か…)
そう悶々と考えながらもガトーショコラの最後の一切れを食べ終わると満腹感で満たされる。
「ねえ、これ余ったの全部もって帰ってもいいんでしょ?」
「いいよ〜どうせこれ全部艶司のために用意したんだしね」
杜若が手で合図してみせると、すぐに執事は皿に残るお菓子の皿を手にさがっていった。
「じゃあお菓子の準備できたらすぐ帰るから…って。何さその手」
いつの間か隣に立っている杜若が手を差し伸べているのを怪訝そうに見上げる。
「お庭案内してあげる、おうちデートの一環で♪」
「………いいよ、もって帰るお菓子の準備できるまでならね」
「あれあれ?あっさりいいよだなんてもしかして俺の事好きになってきちゃった〜?」
「勘違いも甚だしいな!ただの時間つぶしだよ!!!」
差し出された杜若の手をぺちん、と叩いてはらうと艶司は立ち上がった。

(もう少し屋敷の中見て回りたい。何か他に分かることが…今感じてる『違和感』の原因が分かるかもしれないし)

「ほら、案内してくれるんでしょ?さっさと連れてってよ」
「えっと〜庭の前に俺が使ってる寝室みにいく?ダブルでね〜シーツもさわり心地よくてね〜寝心地も勿論SEXした時も……」
「あぁもう!そういうのいいから普通にお庭を案内してよ!変なコトしてきたらすぐ帰るからね!!」
「いやーん艶司の愛がいたぁ〜い」
ごつごつと手にした杖で鎧をどついてやりながら先を行く杜若のあとに続いた。

* * *

「わぁっ」
庭へと案内された艶司は手入れのゆきとどいた広い庭を見て素直に感嘆の声を上げていた。
「あっちにあるのが温室。艶司はお花すき?」
「僕は興味ないけど…黒松がお花好きだからよく飾ってあげてる」
「もうっ艶司ったらこんな時までパパらぶなんだからっ」
「いちいちうるさいなぁもうっ!……………あれ?」
杜若の鎧部分をばしばし叩きながら歩いていた艶司がふと足を止める。

「ねえ、変な天使像は?」

驚いたように眼を丸くした杜若にかまわず艶司は何もない芝生だけの場所を指差す。
「変なカッコした天使像あったでしょ?あっちの温室からちょっと手前のとこに。そういえばあの温室って薔薇ばっかりだったよね、今もそうなの?」
「――――なんで分かったの?」
「え?」
「確かにあの場所は有名な彫刻家が作ったっていう天使かっこわらいとか言いたくなる
 おかしな像が昔はあったし、あの温室は薔薇だけしかないけど。なんで艶司が知ってるの?」
「あれ………どうして僕………」
確かにその通りだ。どうして何もない場所に天使像があったと思ったのか、
今いる場所から内部を確認できない温室に何故『薔薇しかない』と思ったのか。

『さぁ着いたわよ艶司。ここはね、お父様とお母様のおともだちのおうちなの』

断片的に頭に残る記憶。かけられた母の言葉。
「僕もしかしたらここ知ってるかも」
「なんで艶司が……あ〜わかった!実は杜若のプライベートが気になってこっそり嗅ぎまわってたんでしょ〜」
「違う馬鹿そうじゃなくて!!!……すごく小さい時お父様とお母様につれられてこの屋敷に来た気がする。それで………」

『おかあさま、おかあさま。あそこでだれかがないているの』
『あら、じゃあさみしくないように艶司が側にいってあげるといいわ。ぎゅーって抱きしめてあげたらきっと泣くのをやめて笑ってくれるはずよ』

「男の子に会ったんだ。像のすぐ下で泣いている男の子に」
その時はまだあった天使像の下にうずくまって泣いていた男の子。
記憶に残る母親の言葉はこの場所で言われた事なのだと漸く思い出す。
男の子に泣き止んでほしくて、どうしたらいいかと母親に尋ねたら艶司にそう言って優しく諭してくれた。
すぐに母親の言うとおり抱きしめたら本当に泣き止んで―――そして笑ってくれた。

『ねえ、あれなぁに?』

艶司が温室を指差したのをきっかけに始まったのは小さな冒険。
男の子に案内され入った温室には小さいバラ、大きなバラ、トゲのないバラ。沢山のバラがあった。

『これはピッキみたいな色だからぴっき、この小さいのはポリン!』

まるで新しい植物の発見者のように一つ一つ薔薇に名前をつけながら温室を出た後は、2人で屋敷周辺を探検した。
反対側の場所にある変な顔をしたおじいさんの像を見て指をさして笑ったり、
池に浮かぶ大きな葉っぱに乗ってそこを泳ぐ魚を眺めたり、屋敷の中に通じる秘密の抜け穴に入ったり。
大切な仲間と共にいろんな国を旅してまわる――――大好きな絵本に出てくる主人公になった気持ちでわくわくした。
自分をそんな冒険者にしてくれた、手を引いてくれたあの子は。

「あの男の子は誰だった…の…………?」
それから頭を過ぎる一つの答えに達したとき、艶司はおそるおそる杜若を見た。
その男の子は屋敷周辺や抜け穴の事を教えてくれた。
屋敷に詳しいという事はそこに縁のある者である可能性は十二分にある。
「もしかしてその男の子って…………」
「俺じゃない誰かだね、うん」
艶司の嫌な予感は杜若によってばっさりと否定されてしまった。
いつもだったら『ふーん、そう』などと軽く流していたはずなのに、何故かその時は納得することが出来ず艶司は食い下がっていた。
「迷いもなく即答してるけどお前ここの家の子の人間なんでしょう?なんで違うって言い切れるのさ」
「え〜ととね、俺父親の分からない子なんだよね〜」
「!?」
『今日もいい天気だね〜』などとでも言いそうな感覚でさらりと自分の素性を漏らしたのに艶司は返す言葉を無くしてしまう。
その間も杜若は身の上話を淡々を続けていた。
「俺の母親は知らないうちにどこの馬の骨とも分からない男の子供を身ごもってそして産まれたのが俺。
 母親は死ぬまでその父親の素性を明かさなかったから生きてるかどうかも分からないままだし。
 そんなわけ有りっ子がヒトサマの前にほいほい出てくる訳ないじゃない」
艶司はそこでやっとこの屋敷の使用人たちの杜若への態度の意味を理解した。

「使用人の…あの執事以外の人からすっごくヤな感じがしたのは『それ』のせいなの…?」
「あ〜んやっぱりわかっちゃった〜?言ってみれば俺は箱入りで育てた高貴なお嬢様を
 たぶらかしたオトコの血のまじる子だからね〜我が物顔で屋敷うろつかれるのが気に入らないんじゃな〜い?」

――――なかないで。

「嫌に思った事ないの?」
「でもな〜もし俺がよいおうちの人との子だったら今みたいな自由な生活できなかったし〜」

――――かなしまないで。

「本当に?かなしくならなかったの?つらくなかったの?」
「ん〜別に………あ!やっぱりすごくとってもかなしい!でも艶司がえっちな事させてくれたらすぐ元気になれちゃうかも〜♪」

――――ぎゅーってしてあげる、だから笑って。

ふざけた言葉で返されているのに不思議と苛立ちはなく、杜若の姿がこの場所で泣いていた男の子とみるみる重なる。
艶司は小走りに近づいて杜若との距離を一気に埋めると、そのままぎゅっと抱きついた。

「艶司?」
「…………………………………………」

(うぅぅぅぅぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ何なの!!何で僕が抱きつかなきゃなんないのさ!?訳わかんないし!!!!!)
名前を呼ばれても言葉こそなにも発しなかったものの自分の取った行動に艶司の頭の中は混乱する。
(絶対僕のこと『身の上話して気を引く作成大成功しちゃった〜♪』とかいってからかってくるんだ!
 いいもんその時は思いっきり足ふんずけてやるんだから!)
等と勇んでいたが、それに反し杜若の腕がそっと艶司の背中へと回される。
そしてそのまますっぽりと抱きすくめられてしまった。
「……………」
考えもしなかった杜若の行動に驚きはするが、艶司は抵抗もせずにその身を任せる。
杜若にこうされる事は決して嫌いではなかったからだ。
大嫌いな筈の男の腕は抱きしめられるとこんなに心地がいい。
思えば困った時、心細い時、助けてほしい時、差し伸べられたのはいつもいつもこの手だった。

『おい艶司』

杜若に抱きしめられたままどのくらいの時間が経っただろうか。ギルドチャットごしの栴檀の声で艶司は我に返った。


『え!?何何何何何?』
『ヒマか?ヒマだなどうせヒマなんだろ』
『なんだよもぉとりつく島もない物言いはぁっ』
『昼飯買ってきてくれ、プロ南口にあるカフェのサンドイッチな』
『そんなの自分で買いにいけばいいじゃん!』
『いい露店場所確保したからなるべく動きたくねえんだよ、礼にやっぱり売れねえロキの仮面やるから』
『今すぐ買ってくからその呪いの仮面よこさないでよね!!!!』


「ぼ、僕もう行かなきゃ。ギルメンに呼ばれたの」
言いながら腕の中でもぞもぞ動くが杜若は艶司を離そうとしない。
「ちょっと…聞こえてないの?離してってば」
「離さない」
軽くだが杜若の胸を押すようにするがその身体はさらに強く抱きすくめられた。
「んぁッ、あんっ」
肩の付け根に頭をこすり付けるように激しく掻き抱かれれば意に反して艶司の口から艶めいた声が漏れてしまう。
「艶司」
「やぁ…そんなふうになまえよばないで…へんになるから…」
カラダが熱い。耳元に触れる杜若の唇に、囁くように呼ばれる声に心がざわつく。
「艶司、艶司」
「………んぁ…」
名前を呼ばれているだけのはずなのに自分の力で立ってすらいられない。
最後にはほとんど抱きかかえられる形になり、艶司は顔を紅潮させながら頬ずりする杜若のされるがままになっていた。
「艶司が好き、大好き」
「…あ…ァ……」
杜若と目が合い、顔が近づいてくるのに思わず艶司は目をつむる。

――――キス、される。

「こちらにおいででしたか」
「!!!!!!!」
夢から覚めたように艶司が目を開くと、少し離れた場所で執事が軽く頭を下げているのが見えた。
「お持ち帰りの品が出来上がりましたのでお呼びにあがりました」
「あっ…はい、はいっ!」
杜若の抱きしめる力が僅かに緩んだ隙に、やや強引にその手を振り払って執事の下へと駆け寄った。
「どうぞ、こちらに全部入っていますので」
「ありがとう」
お礼を言って大き目のバスケットを執事から受け取った。
「艶司」
「!」
杜若に名前を呼ばれてあきらかにビクッと身体を反応させてしまうが、あくまで平静を装いながら振り返った。
「ばいばい艶司、また遊びに来てね〜」
いつものムカつく笑顔で手など振っているのを見るとこんな奴相手にされるがままになっていた自分自身に対し無性に腹が立ってくる。
「誰がお前のっ……!」
「次は絶対に離さないから」
「…っ………」
艶司の言葉を遮る声で自分の顔が紅潮していくのが分かる。
それを悟られないように杜若に背中を向けると、執事へ軽く会釈しそのまま振り返ることなく走っていってしまった。


「…………お前相当前からいたでしょ」
艶司の姿が完全に見えなくなってから、杜若は傍らにきている執事を見ないまま口を開いた。
「はい」
「も〜せめてちゅうが終わってからにしてよね〜そこからえっちにまでもってけたかもしれなかったのに〜」
「お許し下さい。この屋敷において杜若様をお守りするのが私の勤めでございます故」
「全然答えになってないし〜……ってかさ。かなり前からいたなら俺達の話してる内容勿論聞いてたんだよね」
「はい」
「じゃあさ、艶司の言ってる男の子ってどう考えても俺しかいないんだけどお前はどう思う?」
「杜若様でお間違いないでしょう」
迷うことなく執事は即答した。
「外部の者が屋敷を案内するなど考えにくいでしょうし杜若様のお母様…あやめ様がお好きだった薔薇の温室の事を知っていたというならなおさらです」
「なんだよね〜でも俺って『そういうの』出してもらえてなかった筈でしょ」
「確かに杜若様はおじい様より社交界の制限を受けておいででした。ですがあの時は
 冒険者でありその仲間であるあやめ様のご友人を招いてのお茶会だったのですよ」
とらえどころのない表情をしていた杜若だったが、何か引っかかるものがあったらしく片眉を上げた。
「そんなのあったっけ」
「はい、ただ一度だけ。なのでおじい様も杜若様に対して制限することはございませんでした。ですが…」
そこで執事の視線は既にない天使の像のあった場所へと移る。
「その生まれを既に理解しておられた杜若様はお母様がご友人に悪く思われてしまうかもしれないとお考えになりここに身を隠していらっしゃった」
「庭のはずれで目に付きにくいしあの像無駄にでかくて隠れるにはもってこいだったしね。変な顔だったけど」
「そこへご夫婦と共にいらした艶司様がお側に近づいていったんです。それから屋敷中を回って遊んでおられました。お2人とも本当に楽しそうで」
「ん〜…」
「別れ際、杜若様と離れるのが嫌で涙ぐまれる艶司様にまた一緒に遊ぼうと、お約束なされていたんですよ」
「んーんー………」
「あの後すぐです、ご両親は亡くなり艶司様が遠縁のお家に引き取られたのは」
執事の話を唸りながら聞いていた杜若は肩を竦め大きくため息をついた。
「だ〜め、やっぱり本当に何も覚えてない。実はお前のつくり話とかそういうオチとかじゃないの?」
「残念ですがそのような創作力は持ち合わせておりません故」
「一つくらいあぁそうだったっていうのあってもいいのに全然ピンとこないんだよね」
「それはとても楽しかったから…ではないでしょうか」
ほとんど表情を変えなかった執事がそこで少しだけ悲しそうな表情を見せる。
「やっと出来たお友達とまた遊ぶという約束も果たせず会うことが叶わず。杜若様が
 その事実を受け止めるにはまだ心が幼い故大変おつらいものだっと思います」
「それで無かったことにしちゃえって意図的に記憶喪失?あははは、俺超純粋少年だね〜」
「はい」
「も〜お前つまんな〜い。艶司はいちいち全力でツッコミ入れてくれるのに〜」
「……長い時間はかかりましたが本日漸くお約束を遂げられ何よりでございます」
「まぁお陰でもう一つの約束をやぶる事になりそうだけど」
「?それはどういう――――――」
執事が何かを言う前に杜若は蝶の羽を握りつぶしていた。

* * *

人通りの多いプロンテラの十字路付近で露店を出していた栴檀は、背中をつんつんとつつかれ後ろを振りかえる。
「はいっ南口カフェ特製のフルーツサンド」
「おぉぉぉー!」
ずずいと手にした紙袋を艶司に突きつけられた栴檀は嬉々としてそれを受け取った。
「どぉーせお店に入るのが嫌で僕をお使いに出したんでしょ?カフェの中もテイクアウトのお客も女の子ばーっかりだったもんね」
「それよりまずこういう食い物はオンナノコが食べるものみてえな風習をどうにかしろよ。
 男だってなぁ!さくさくのクッキーとかマカロンとかあっまいケーキとか好きなんだよ食いてぇんだよ!」
「あ、それなら今全部持ってる」
「くれ」
さっそくフルーツサンドを頬張りながらも手をさしだしてくる栴檀から抱えているバスケットを遠ざけた。
「だーめ、明日みんなでお茶会する時に食べるんだから。今食べたら栴檀の分減らすからね!」
「ちっ」
バスケットを背後に隠し、心底残念そうに舌打ちする栴檀の隣へ艶司はそのまま座り込む。
「なんだよ、お前も食いてえのか?」
「別におなかすいてないからいい。それよりもさ…えっと、栴檀はなんていうのかな…すごい嫌な筈なのにうーんと…………………………………………………………………あ、うん。やっぱいいやなんでもない」
「なんだ、歯切れ悪い上最終的に『話す相手間違えてた』みてえに冷静さ取り戻すような今の間は。言いかけたんだから最後まで言え」
「うぅんいい。栴檀がどう答えるか話す前からもう想像ついちゃった」
「その悟りでも開いたようなこざっぱり顔がムカつくなおいコラ。今言えすぐ言え。
 じゃねえと相変わらず売れる気配のないそろそろ呪いの域に達し始めたこのロキの仮面かぶせっぞ」
「だからそれはいーらーなーいぃぃぃぃぃぃ!!!!」
露店に並べていたロキの仮面をかぶせようとしてくる栴檀の腕をぐぎぎ、と両手で退かす艶司にふと人影が被った。
「あれあれ。相変わらず仲良しさんだね君ら」

「仲良しじゃねえし!」
「仲良しじゃないもん!!」

振り向きざまほぼ同時に答えられ、ハイプリースト・椚は小さく笑いながらカップの乗ったトレイを差し出した。
「噴水前のワゴンで飲み物とデザート用のプリンテイクアウトしてきたよ。ランチのおともにいかがでしょ?」
「くれ」
「え〜栴檀だけいいなぁいいなぁ僕の分ないの?」
椚が手を差し出してきた栴檀にカップを渡し、甘えたような声で袖を引っ張ってくる艶司にもプリンを差し出す。
「大丈夫ちゃんと艶司の分もあるよ、それとこれもね。チョコレートドリンクチョコホイッププラスチョコレートソース」
トレイに乗っている自分好みにカスタマイズされたドリンクを目にした艶司の目が文字通りキラキラと輝いた。
「わーいやったー!ねえねえ椚も勿論一緒に食べるだよね?栴檀これ出すからねー!」
心ゆくまでお菓子を食べてお腹がいっぱいでも、大好きな甘いものをちらつかされれば
まだ入る隙間が出来た気がしてくるから不思議なものである。
栴檀のカートから大きめのシートを後ろのスペースに敷いて艶司はセッティングをはじめた。
「おいお前ら。絶賛商売中のエリア陣取る気まんまんだな」
「まぁまぁ、俺も狩り終わって一息つきたいとこだったし栴檀も一休みしない?」
既にシートの上で休憩の体制に入った椚はおいで、と手招きしてみせる。
「………まぁ午前の売り上げノルマは達成したしな」
露店のスペースに『休憩中』の札を出し、栴檀もまた2人の間に腰を下ろした。
「うーんやっぱりチョコレートドリンクおいし〜♪プリンもおいしい〜♪」
「お前そんなチョコチョコしいのと一緒によくプリンまで食えんな。胸焼けしねえの?」
フルーツサンドを食べ終え、デザートであるプリンを早々に手をつけ始めた栴檀は
ホイップたっぷりのチョコレートドリンクをプリンと共に幸せそうに飲んでいる艶司に向かってげーと舌を出してみせる。
「あっまーいフルーツサンドにプリン食べてる人に言われても全然説得力ないもんねーだ。そもそも栴檀は何飲んでたのさ」
「ん?カフェオレ砂糖大増量」
「栴檀だって負けず劣らずあまあまカスタマイズじゃん!しかも大増量だし!!」
「うんうん君たち仲良しなのはいいけどとってもブラックなコーヒー飲んでる椚さんはぶらないでねー?」

「仲良くねえし!」
「仲良くないもん!」

「そこまで息ぴったりで否定するとか絶対2人して俺を笑わせにかかってるよね」
言いながらくすくす笑っていれば、ふと艶司の背後にあるバスケットが椚の目に止まる。
「艶司、背中にあるその大きいの何?」
「これ?えっと、もらってきたの。お菓子いっぱい出たから…その、杜若の家に御礼いいに行った時に」
「杜若?あぁ、ちゃんとありがとう言いに行ってきたんだね。えらいえらい」
そう言って椚が艶司の頭を撫でてやると、栴檀はまぁ賢明だなーなどと言いながら最後の一口になったプリンを飲み込む。
「そういう礼儀に関しては山茶花うるせぇしな。あープリンもまじうまかった、ごちそうさん!」
「おそまつさま。おいしくて顔にまで食べさせちゃった?」
「ん?どっかついてるか」
「違う違う、ほらここ」
ぱしぱしと自分の顔を拭う栴檀へ椚の手が伸びて口の端についた生クリームを指で拭う。
「はい、本当に最後の一口」
「ん」
拭ったクリームを唇に持っていくと栴檀は躊躇いもせずに椚の指を舐めた。
「…………おい、お前の指まで食う気ねえぞ」
その指が浅めにだが栴檀の咥内に侵入してきたのを軽く指に歯を立てることで抗議する。
「ごめんごめん」
椚はすぐに指を引っ込めてしまい栴檀も気づいていないようだが、艶司には分かった。
椚の指の動きは明らかに淫靡なそれだった。
例えばSEXをする時――――相手に悦を与えるためのような、いやらしい動き。

(あれ?椚と栴檀ってそういう関係だった?…でもあの態度だと栴檀無自覚っぽいし)

「さって飯食ったし露店の続きすっか」
艶司が思考を巡らせている間に栴檀は背中を向け『休憩中』の札をカートの中へと放り投げた。
「お前らそこにいてもいいけど商売の邪魔すんなよー…お、いらっしゃい」
丁度栴檀の露店の前に立っている、やけににこにこしたウィザードへ声をかける。

「探したよ椚」
「あ?なんだ椚の知り合い………」

ウィザードは栴檀の言葉を最後まで聞かずに露店を乗り越えてしまうと、後ろにいる椚と艶司のいる場所に近づいていく。
「………………!」
ウィザードの顔を見た途端椚の表情が徐々に固くなり、緊張していくのが隣にいた艶司にははっきりと分かった。
「やっと会えたね椚。wisしても全然通じないし…狩りにいってそのままwis拒否解除するの忘れてたんでしょ」
言いながら椚の法衣の袖を引く。
「プロンテラでやっといい部屋みつけたんだ、3階ですごく日当たりがいいんだよ」
「え?部屋って…」
椚の声色は明らかに混じるのは困惑しているのにウィザードは全く気にする様子もない。
「やだなー僕と椚2人で暮らす部屋のことだよ、一緒に住むって約束したじゃない」
「……ねえ、俺その件は断ったよね?」
袖を引くウィザードの手をやんわりと解こうとするも今度は両手で椚の腕を引っ張り始めた。
「もしかして部屋代の事気にしてるの?大丈夫僕がちゃんと払ってるから!だから今すぐ引越しの準備しようよ、僕も手伝うからさ」
どんなに腕を引っ張られても椚はその場から動かない。ウィザードに見せるようにゆっくりと首を振った。
「何度も言ったけど君とは一緒に暮らせない。君の気持ちには応えられないんだ」
「………………どうして?」
椚の返事を聞いたウィザードは瞳を潤ませる。
「どうしてそんなひどい事言うの?僕はこんなに好きなのに、椚の事が大好きなのに。
 ずっと一緒にいようよ、側にいてよ。椚が好き、好き、大好きなの。だから…ね?一緒に暮らそう?大好きだよ椚」
『椚しか見てません』といわんばかりの艶司と栴檀を完全空気扱いしたウィザードの態度。
早々に我慢できなくなった艶司は栴檀の肩を指でつつきwisを飛ばした。

『ねえちょっと栴檀!いきなり現れて一緒に住む部屋がどーのこーのってなんなの!?椚からそんな話僕ひとっこともきいてないんだけど!!』
『俺だって聞いたこともねえよ。狩場でたまたま辻支援した相手に君と出会ったのは
 運命だよとか言われて以来ものすごい勢いの告白プラス付きまとい攻撃が始まって
 断わっても断わっても断わっても断わる部分だけを都合よくスルーされるからもうどーしたもんかって話なら聞いたけどな』
『それただのストーカーじゃん』
『職業ウィザードつってたしこいつがそのストーカーとかなんかそんな感じの奴なんじゃねぇの。っつか椚wis拒否なんてしてたか?』
『してないよ。ねえねえ都合いいときでいいから消耗品の代理購入おねがいしたいんだけどってあははごめん艶司だった〜って誤爆wisきたもん』
『あぁ、それ俺宛だな。同じ内容のwisよこしてきたし』
『要するにあいつ限定で拒否してたんでしょ。一緒に住む話も断ってるっていうか完全に相手の一方通行だしさ』

「……………………」
「……………………」

その後は無言で交わる視線と視線。
「僕たちが出会ったのは偶然じゃないんだ、運命なんだよ。だから………っ…!?」

『コールホムンクルス』

強引に詰め寄ってきたウィザードをさえぎる様に割って入ってきたのは栴檀のホムンクルス・フィーリルだった。
「離れてよっ、椚が一緒に暮らせないって言ってるの聞こえないの?」
それとほぼ同じタイミングで艶司が椚の腕に両手を巻きつけて引き離す。
腕に感じる艶司のぬくもりと、そのまま椚の肩に乗ってふくふくとはと胸を摺り寄せくつろぎの体制に入ってしまったフィーリル。
ウィザードが姿を現してからずっと険しい顔をしていた椚だったが、直に感じる2つの温もりに少しだけ表情を緩ませた。
「椚に触らないで。彼は僕のものだ」
「やーだよーだ!」
椚と腕を組んでいるのが気に入らなかったのだろう。
ウィザードはあからさまに不機嫌そうな顔で睨むがべーっと舌を出して艶司はますます椚に密着する。
「椚はお前のモノなんかじゃないんだから!」
艶司の言った言葉はあくまで椚を自分のモノだと言ってくる事に腹を立ててのことだったが
ウィザードには別の意味で伝わったらしく、目を見開いて唇を震わせた。
「椚…どうして?好きって言ったじゃない。何度も何度も言ったじゃない。どうして?どうして分かってくれないの?」
「わかんないのはさっきから椚の話を筒抜けさせてるお前じゃないか!」
ウィザードの様子が変わった事に気づき艶司を守るように後ろにやった椚の態度はますますウィザードを感情的にさせていく。
「やめてよ椚の側から離れて!僕はこんなに大好きなのになんで?ねえなんで!?一緒にいてよ、僕と一緒にずっと…!」
そこでフィーリルを放ったまま沈黙していた栴檀が立ち上がる。そのまま椚の前まで行くと、ウィザードの言葉をさえぎるような大声を上げた。
「てめぇはさっきからゴチャゴチャゴチャゴチャ!!うるっせえんだよ!!!!!!!!」

『アシッドデモンストレーションッッ!!!』
『アイスウォール!!』

石畳の上へと投げつけられた火炎瓶に驚いたウィザードが後方に退けば、そのタイミングで艶司の出した氷の壁が高々とせり上がる。

「見て見て、あそこから煙出てきてない?」
「何、ケンカとか?」

栴檀の投げたアシッドボトルの煙と露店街に突如現れた艶司のアイスウォールで周囲の視線が集まる中、椚は片手で顔を覆いあの、と口を開いた。
「そこのおふたかた。プロンテラで騒ぎをおこしませんって父上とかたくおやくそくしたのをお忘れですか」

「これはギリセーフだっ!」
「許容範囲だもん!」

「本当に君らはもー……」
たしなめたものの、相変わらずほぼ同時にかえってくる似たり寄ったりの返事に椚は少し嬉しそうだ。
それから氷の壁ごしにいるであろうウィザードに向かって静かに口を開く。
「もう一度言うよ。君と一緒に住めない、そして君の気持ちには応えられない」
「うそ、うそだよね?そんなの嘘だよね?椚は僕が好きなんでしょう?ね?そうでしょう?」
「嘘じゃないよ」
まくし立てるように言うウィザードに対し椚の口調はあくまで穏やかだ。
「俺が好きなのは君じゃない。俺は――――――」
隣で腕を組んでいた艶司と、そして崩れかけたアイスウォールの間から顔を覗かせたウィザードには見えていた。

『彼が、好きなんだ』

そう唇だけを動かした椚の見た先にいるのは目の前に立つ栴檀であること。
その視線はまるで愛しい者へ寄越すようなそれであること。
そして風に揺れる栴檀の短い髪に椚の唇が触れた瞬間ウィザードは両手で頭を覆いながら叫んでいた。
「…僕は嫌だ!嫌だ嫌だ絶対嫌だ!!!椚…椚椚椚ッッ!」
「だぁぁぁぁぁぁぁくぬぎくぬぎうるせぇんだよ!!!脅しじゃなくてまじでそのツラにアシデモぶっぱなすぞてめぇ!!!!」
当の栴檀は髪の毛へのキスなど全く気づいていないらしくぶんぶんとアシッドボトルを振り回すが、ウィザードはそんな栴檀に臆する様子はない。
「邪魔、しないでよ。これ以上僕と椚の邪魔をするって言うなら……!」
「――――――」
その言葉を聞いた瞬間栴檀の顔から表情が消える。
全ての感情をそぎ落とした様にウィザードは動きを止めるが、栴檀がその間を素早くつめて顔を近づけた。
「邪魔するなら?なら?その続きはなんだよ。椚になんかすんのか、それとも俺らになんかすんのか」
口調は淡々としたものだったが逆に恐怖をかきたたせるのだろう。ウィザードはただこくんと息を呑む。
「どっちにしろやるっつんならきっちり覚悟決めてこいよ。椚に、艶司に、ギルメンになんかした時は――――――マジすり潰すぞ」
「…っ…!!」
栴檀の言葉から決して冗談ではない事をさとったのだろうか。
悔しそうな、悲しそうな顔を入り混じらせた表情でウィザードは蝶の羽を使いその場から姿を消した。
「ふーんだ、おとといおいでーだっ!」
構えていた対人用の杖をしまいながら、艶司はウィザードが消えた場所に向かってべーっと舌を出す。
「人通りの多いところで騒ぎ起こしちゃってもー」
「話の聞かねえ馬鹿はあのくらいが丁度いいんだよ。それに」
そう言うとくるっと振り向き椚の背中を軽く叩く。
「ここ最近お前ずっと調子悪そうだったぞ、『あいつ』が原因だったんじゃねえの?」
「!」
一瞬驚いたような表情を見せた後、観念したように椚は一つうなずいた。
「狩場とかいきつけの店の待ち伏せはもう日常茶飯事でさ、最近は教えてないはずの家にまでこられて…正直かなり参ってた」
「もぉっなんで早く言わなかったのさ!次会ったら僕の魔法で吹き飛ばしてやる」
「こらこら、騒ぎは起こさないって父上と約束してるでしょ?………でもありがとう。艶司達がいてくれて本当によかった」
「………………うん。僕たちがいるんだから、だからもう大丈夫だよ椚」
そっと身を寄せてくる椚から安堵の気配を感じ、安心させるように艶司は笑って見せた。
「おい椚、俺のとこ来い」
「え?」
栴檀の言葉の意味が浸透していないのかきょとんとしている椚に構わず、ポケットから取り出した鍵を差し出す。
「お前の家知られてんだろ?これ合鍵な、荷物は―――」
「待って栴檀だめだって!」
鍵を握らせようとする栴檀の手を慌てて止めた。
「気持ちはありがたいけど栴檀の場所まで割れる事になる……迷惑はかけたくないんだ」
「は?微塵の迷惑にもならねえよ、俺が今住んでるとこ魔法・物理耐性の壁使ってるから外部攻撃に強いし何より俺自身が襲撃に慣れてるしな」
「いや慣れてるとか自信満々に言わないでほしいな!?」
「あんなのに追い回されてるお前を1人にしとけるか」
そのまま椚の手に強引に合鍵を握らせる。
「とりあえず今は俺の家で我慢しとけ。野郎2人で息つまるかもしんねえけど」
「………そんなこと、思うわけないでしょ?」
鍵を握らせた手を包み込むように触れてきた椚に了承の意思と受け取ったのか栴檀はニッと笑う。
「よしじゃあ決まりだな。荷物の方どうする?さっきのヤツがお前の家で待ち伏せしてる可能性あるし一旦店たたんで俺も一緒に行くか、それとも最低限度………………………………あ」
明らかに不自然に会話を切った栴檀は突然冷や汗をかきだし、ぎゅぅ。と椚の肩に両手を強く置く。
「おい、俺はとりあえず今から消える、行方不明だ」
「え?何?突然どうしたの?」
「いいか!お前らは俺がどこにいったかも分からない、行方不明だからな!!!」
椚の問いに何一つ答えず行方不明だと繰り返すと、栴檀はカートブーストでもかけたのかというくらいの勢いでそのまま人ごみの中に消え去っていった。
「??栴檀急にどうしちゃったの?」
「あ」
栴檀の行動に艶司は唖然としているが、椚には思い当たる節があったらしい。
「もしかしてあれは―――――」

「すみません。失礼ですがクリエイター・栴檀のギルドメンバーの方でしょうか?」

椚が言いかけたところでかけられる声。
振り返るとそこには身長190は超えているであろう漆黒の鎧を身に着けたパラディンが立っていた。
「!!!!!!」
そのパラディンを見るや否や、今度は艶司が慌てた様子で椚の背中にぴゅっと隠れてしまう。
「え、今度は艶司?急にどうしたの」
「………………!!!!!」
首をぶんぶん振って椚の背中に顔を埋めるだけで艶司は何も答えようとしない。
困惑している椚に向かって声をかけてきたパラディンは丁寧に頭を下げた。
「こんにちは、僕はギルド・九曜所属の出雲と申します」
高身長と額から斜めに走る大きな傷跡になんともいえない威圧感を覚えるが、その口調と物腰はあくまで柔らかい。
「俺は椚といいます。クリエイター・栴檀はギルドメンバーですが何か用事でしたか?」
「栴檀がこの辺りで店を出していたと聞いて来たのですが」
「みたいです。でも本当についさっき店を閉めて移動したようですよ」
「そうでしたか…どこに行くか聞いていませんか?」
「いえ俺は何も。ギルドチャットで話しかけてるんですが全く返事がない状態でして」

『おい!俺今フェイヨンだけど絶対場所は言うなよ!絶対言うなよ!!!』

パラディンと会話しているその時正にギルドチャットで栴檀が今いる場所を叫んでいるのを聞いていながら椚はそ知らぬフリをする。
「分かりました。お引止めしてすみません、失礼致します」
深々と頭を下げるとパラディンはそれ以上の詮索をすることなくその場を離れていった。
「…………………ねえ椚、さっきのパラディンって栴檀に何の用だったの?」
パラディンがいなくなってかなりの時間が経った後、やっと艶司は椚の法衣をくいくい引っ張りながら口を開いた。
「多分勧誘だね、俺よく攻城戦はよくわからないけど栴檀ってすごくいい戦力なんだって?」
「………………」
「ただ勧誘先のギルドが持ってる砦を防衛するタイプのギルドで栴檀はレース…だっけ、
 それの方が好きだから断ってるんだって。ほら艶司も聞いたことあるでしょ、御形姉が今傭兵でやってるギルド九曜」
「ん、んー…うぅー……」
艶司はなんとも歯切れの悪い生返事を繰り返し、法衣を握る力を強める。
「どうしたの艶司、さっきのパラディンに会ってからずっと変だよ?」
「別に変じゃないもん」
「……彼ってもしかして『暗黒歴史方面』で関わった人?」
椚の言う『暗黒歴史方面』とは艶司がまだ攻城戦マスターだった頃の事だ。
他人を困らせる事、傷つける事に何のためらいもなかったあの時の。
「そうだよ、でもそれ以上は言わないから。聞かれても絶対言わない!」
「艶司が嫌なら聞かないけど…そんなにダークな内容なの?」
「だって聞いたら椚は僕のこと絶対嫌いになるもん……」
すがりついたまま震えた声で言う艶司の頭に椚が優しく触れる。
「『実はこんないい子なんですよ』って自慢したくはなるかな」
「……え?」
返ってきた意外な答えに驚いていると、艶司の頬は椚の両手でそっと包み込まれた。
「嫌いになんてならないよ。父上も、ギルドの皆も、そして俺も。みんなみんな艶司の事が大好きなんだから」
「……………ふぇ、うぇぇぇぇぇぇくぬぎぃぃぃぃぃぃぃっ」
「よしよし。艶司はいいこ、艶司はいいこ」
顔をくちゃっと歪めて泣き出した艶司を抱きとめ、子供をあやすように優しく背中を撫でてやる。
「ねえ艶司、栴檀からwisで九曜のギルドの人がプロ周辺にまだいるかもしれないから
 しばらく時間おいて俺の荷物運び手伝ってくれるって。さっきのこともあるしもうちょっと俺と一緒にいてくれると嬉しいんだけど……だめ?」
「いる、いるぅっくぬぎといっしょにいるうぅぅぅっ」
離れていかない手。
一緒にいてほしいと望む言葉。
全てに安堵しながら艶司は何度も何度も頷いた。

* * *

「煙草吸ってもいい?」
「うん」
買ってきたコーヒーをベンチに置き、艶司の隣で椚は取り出した煙草をくゆらせ始める。
ひとしきり泣いて落ち着いたのか、艶司は買ってもらった甘めの紅茶を飲みながら紫煙を吐き出す椚の横顔をじっと見つめていた。
それに気づいた椚が『どうしたの?』というように小首をかしげて見せたので、艶司はすっかり聞きそびれてしまった事を口にした。
「椚って栴檀のこと好きだったんだ」
「うん。驚いた?」
艶司はすぐに首を振った。
「うぅん、やっぱりって思った。椚ってメンバーみんなに平等に接してるように見えるけど
 栴檀に絡む数が明らかに多かったもん。さっきだって指舐めさせたりとかさ」
それを聞いた椚があーと言いながら苦笑した。
「あれは流石にあからさますぎたか」
「栴檀は全然気づいてないっぽいけどね」
「でなきゃ俺にこんなのくれたりしないでしょ?」
言いながら渡された合鍵を見せる。
「栴檀って実はちょろすぎ?」
「多分自分が恋愛対象として見られてるなんて思ってないんだろうね」
艶司は妙に納得した様子でうんうんを頷いていた。
「だって栴檀の会話って言ったらボスの話と露店儲けの話、ホムンクルスや
 狩場の話にあとは美味しいお菓子のお店の話でコイバナなんて聞いた事もないもん」
気になる子がいる、とか好きな人が出来たなどという恋の話など栴檀の口から一度として
聞いたためしがなく、何処かで誰かと逢引的なものをしていたなどの所謂『浮いた噂』すら全くないのだ。
「そうだね、でも困ったことに栴檀のそういうとことかも好きになっちゃったんだ。俺がその恋を教えてあげれたらいいなって」
「…ふーん」
艶司にとっては栴檀はあくまでギルドメンバーの一人だが、椚から見た栴檀はきっと違う風にうつっているのだろう。

(あの栴檀が告白されて顔赤らめたりとか照れたりとかスキとかアイシテルとか?うーんだめだ全然想像できないや)

いまいちピンとこないまま艶司は残りの紅茶を飲み干すと、椚は新しい煙草に火を点けため息と共に紫煙を吐き出した。
「でも…さっきのは失敗だったな」
「さっきのって、ウィザードが見てる前でコノヒトがすきなのって栴檀の髪にキスした事?」
「うん。ちゃんと彼には俺の気持ちを分かって欲しいから言ったんだけど結局火に油注いだだけだったし」
「それなら大丈夫だよ、栴檀襲撃慣れしてるって言ってたけどアレ多分本当だと思う」
「いやそれは慣れないでほしいかな!?」
「さっきあれだけ脅したんだしよっぽどの馬鹿じゃなきゃ襲撃する気持ちなんて起きないと思うよ。
 見たトコさっきのwizは対人慣れしてない感じだったもん。面の割れた僕が襲われる事があっても返り討ちに出来る自信あるもん」
「艶司くん、たよりがいありすぎて椚さん腰にきそうよ…」
「でしょ!だから心配しなくてもいいよ、皆いるんだから」
「ありがとう艶司」
こちんと額同士が合わせられ微笑んでいた艶司だったがその表情は次第に曇っていく。
「ねえ椚、好きってさ」
「ん?」
「色んな好きがあるんだね。さっきの奴みたいに一方的に好き好き言ったりとか………好きって言っておきながらいなくなったりとか」
「…………前のギルドの彼のことだね」
無言で小さくうなずきながら艶司は自分の元を離れていったヒトを思い出していた。

『大好き、艶司』

そう言って全てを壊し、姿を消してしまった雅楽。
どうして自分の元を去っていってしまったのか今でも分からないし、
勝手に黙って行動した上黒松を殺そうとした事は今思い出しても怒りを覚える。
なのに。
「雅楽のした事は絶対に許せない。許せないのに嫌いになれないの、どうしても嫌いになれなくてっ…」
引いた涙がまたあふれ出て、椚にすがろうとしたが思わず手を引っ込めてしまう。
「どうしたの?いつもみたいにぎゅうしてあげるよ?」
短くなった煙草を懐の携帯灰皿に入れると椚は軽く両手を差し伸べてみせる。
「だって…栴檀の事好きなんでしょ?なのに僕のことぎゅってするのいやじゃないの?」
「じゃあ艶司はぎゅうしない方がいい?」
「やだ」
即答する艶司に笑いながらもう一度手を差し伸べる。
「ほらおいで」
「うん」
今度は迷うことなくその胸に顔をうずめ、包み込んでくる椚に身を任せる。
胸に当たるロザリオと手に触れる法衣の装飾の感触。
目を閉じていつも思い出すのは椚ではない別のヒト。

二度と与えられる事はないであろう雅楽の温もりを求め、椚に寄り添うことで何度もさみしさを埋めようとした。
言ってみればこれは身代わりだ。
「ねぇ椚」
「ん?」
「椚は知ってるんでしょう?僕が椚の事身代わりにしてるって」
「うん、知ってるよ」
「だったら…いいよ?僕のことも身代わりにしても」
「……………」
人差し指を椚の胸元に差し入れてきた艶司の言葉の意図を感じ取っても椚は動じることなくにっこりと微笑む。
「いいよ。その代わり父上にちゃんと言うんだよ?『椚の好きなヒトの身代わりでSEXしました』って」
「なっ!!」
「艶司には何度も言ってるよね。そういう事は本当に大好きなひととしようねって」
「むぅ〜いいもうっ!」
ふてくされた口調で言いながらも椚からは離れない。
「艶司が身代わりになる必要なんてないよ。身代わりにされて苦痛を感じた事は一度も無いし、
 今俺がしている恋もつらいだなんて思ってないから」
「……うん」
「いつか艶司にだってちゃんとできるよ、大好きなひと。ずっと艶司の側にいてくれる人がね」
「僕は………」

『絶対離さない』

真っ先に脳裏に思い浮かんだのは何故か杜若と、彼の発した言葉だった。
「そ…そんなヤツいないもん!あいつなんて嫌いだし!すごい嫌いだし!!全然なんとも思ってないし!!本当に嫌いだし!!!!!」
「そっかそっかいないかー」
何の脈拍もなく登場した『あいつ』に関して特に追求することはせず、艶司の頭に顎を乗せながらよしよしと肩を撫でる。

(子供…にしては年近すぎるし弟…いや妹?が嫁ぐ心境ってこんな感じなのかな。俺でこれなんだから父上はきっと号泣しちゃうかもね)

そう遠くない未来に自分は『身代わり』の役目を終える。
艶司が本当に好きな人の元へと行ってしまう予感にちょっぴり寂しさを覚えながら、椚は無心に甘えてくる艶司を今はただ優しく抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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